日本歴史地名大系 「桑谷村」の解説 桑谷村くわがいむら 愛知県:岡崎市桑谷村[現在地名]岡崎市桑谷町男(おと)川支流の竜泉寺(りゆうせんじ)川が村域中央を北西方向に流れ、川沿いに上流と中流部の二ヵ所に集落が立地。東は舞木(まいぎ)村・羽栗(はぐり)村、西は竜泉寺村と長嶺(ながみね)村・久保田(くぼた)村・大草(おおくさ)村(現額田郡幸田町)と各々山で接する。南は坂本(さかもと)村(現蒲郡市)、北は藤川(ふじかわ)村と各々山で接する。桑谷道が通過し、東海道に接続しており、現幸田(こうた)町域の村々にとっては重要な道であった。中世、乙見(おとみ)庄に属すという。「三河国二葉松」には、室町末期頃当村古城跡として山田藤七郎・松平山城守の居城を伝える。広忠寺由緒書上によると、天文一〇年(一五四一)より同一八年の間に、松平広忠は、子の松平忠政および大給(おぎゆう)松平出身の忠政の母で後に妙琳尼と称する室に桑谷郷で二五〇貫の地を与えたと伝える。また「桑谷松平氏由緒記」に家康は元亀元年(一五七〇)に忠政の嫡子康久に部屋住料として一五〇貫の地を桑谷郷で与え、天正七年(一五七九)妙琳尼没後は四〇〇貫の地を忠政が兼領したとある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by