梅若屋敷跡(読み)うめわかやしきあと

日本歴史地名大系 「梅若屋敷跡」の解説

梅若屋敷跡
うめわかやしきあと

[現在地名]日吉町字殿田

殿田とのだの東部あさひ山中腹にあり、井戸跡が残る。梅若氏は丹波猿楽座の名家として知られ、祖先の梅津友時が平安時代から丹波に住し、文明年間(一四六九―八七)後土御門天皇より梅若の名を賜ったという。江戸時代は能楽観世座のツレ方をつとめ、徳川家康から一〇〇石を与えられたといわれ、上稗生かみひよ村一一七石余を江戸時代を通じ知行した(旧高旧領取調帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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