梅野俣村(読み)うめのまたむら

日本歴史地名大系 「梅野俣村」の解説

梅野俣村
うめのまたむら

[現在地名]栃尾市梅野俣

九川谷くかわだに川の幅の狭い谷間に、東は塩中しおなか村、西は塩新町しおあらまち村に挟まれて立地。上塩の大野原かみしおのおおのばら地内早津はやつ住人開墾し移住した、河田小八郎が下野国から鹿沼かぬま神社の神体を背負って来住し、与左衛門・長兵衛・辰右衛門が開墾を始めたとするなどの開村伝説が残る。永禄三年(一五六〇)一〇月吉日の貫屋家兼売券案(来田文書)にみえる「梅乃保」は当地と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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