病原体が宿主から宿主へと次々に感染を伝播(でんぱ)する疾患の総称で、しばしば感染症と同義に用いられるが、感染症のほうがより広義なものといえる。すなわち伝染病は、たとえば赤痢やインフルエンザなどのように人から人へと伝染して流行性におこりうる感染症を意味しており、破傷風や敗血症などのように人から人へ伝染することのない非伝染性感染症は含めないのが普通である。また回虫や肺吸虫など細菌やウイルスよりは高等な生物による感染症も、一般に寄生虫症として別に扱われる。なお、伝染病と似た用語に疫病があるが、これは伝染病のなかでもとくに全身的な症状を示して急性な経過をとり、集団的な発生、つまり流行するものをさす古い呼称であるが、伝染病と同義に解してもよい。
[柳下徳雄]
伝染病は種々の観点から分類される。すなわち、発病や経過の緩急による分類、おもに侵される部位からの分類、感染経路による分類、病原体の微生物学的観点による分類をはじめ、感染症予防・医療法(感染症法)が指定している1類~5類感染症・新型インフルエンザ等感染症・指定感染症・新感染症、検疫法が指定している検疫感染症、学校保健安全法が指定している学校感染症などの法律的な分類もある。
なお、これらとは別に国際伝染病という行政上の名称もある。これはラッサ熱、マールブルグ熱、エボラ出血熱などをいい、いずれも国内には常在せず、予防法や治療法も確立されていないため、致命率が高くて感染力も強いので、患者や検体の取扱いには特殊な施設を必要とする特定の伝染病である。また、最近注目されているものとしては、エイズ(AIDS)やB型肝炎、C型肝炎がある。
[柳下徳雄]
伝染病は、病気そのものの治療ばかりでなく、周囲へ広がるのを防ぐために伝染源となるおそれのある患者、疑似患者、保菌者や接触者などを一般社会生活環境からしばらく切り離して生活させる必要がある。とくに感染症予防・医療法において、1類、2類感染症、新型インフルエンザ等感染症および新感染症に分類される感染症の患者は、特定の設備がある感染症指定医療機関への入院が必要となる。検疫感染症の病毒に感染した者およびそのおそれのある接触者は、観察のために一定期間隔離されるが、これは停留とよばれる。なお、3類、4類、5類感染症の患者は自宅治療または一般の医療機関で治療してもよい。
伝染病にかかるのは個人的な不注意にもよるが不可抗力的な場合も多く、また入院して治療を受けることは、なかば本人の治療のためであるが、なかばは周囲への感染を防ぐために個人的な不便、すなわち感染症指定医療機関では外出や退院が個人の自由にならないなどに耐えることでもある。したがって、これらの入院料や治療費が一部無料であり、国や市町村が負担して患者の負担をごく少額ですむように配慮されているのも、このへんの事情による。
[柳下徳雄]
1930年代から1940年代にかけてサルファ剤や抗生物質などの化学療法剤が出現し、細菌性やリケッチア性の伝染病に対する治療が飛躍的に進歩し、病苦は速やかに軽減して致命率も著しく減少した。たとえば細菌性赤痢の場合、化学療法剤出現以前では普通1週間前後も頻回の下痢と腹痛に苦しめられ、死亡の危険が10~20%程度と大きかったが、化学療法剤が用いられるようになってからは、治療開始後1~2日で主要症状が消失して急速に回復し、致命率も1%以下に激減した。しょうこう熱、腸チフス、発疹(はっしん)チフス、流行性髄膜炎などについても同様である。しかし、この結果、ともすれば病気を軽視しがちで、こうした風潮が生じたことは予防上、困った問題となっている。
[柳下徳雄]
伝染病を予防するには、(1)外来伝染病から国全体を守ること、(2)国内に常在する伝染病の流行を防ぐこと、(3)個人レベルで感染を予防すること、以上の3点がもっとも重要である。そのためには、それぞれ、(1)検疫を完璧(かんぺき)に行うこと、(2)感染源となる患者や保菌者の早期発見と入院治療のほか、排出物・衣類・寝具などの消毒、病原体を媒介する昆虫類の駆除、上下水道などの環境整備、予防接種などを適宜実施すること、(3)感染の機会を避けるとともに個人衛生を守り、身体の抵抗力を増強するほか、予防接種も必要に応じて受けることが望まれるわけで、結局、国家―地域社会―個人の伝染病に対する認識または自覚と努力に還元される。
従来、伝染病の予防、治療については、1897年(明治30)に施行された伝染病予防法によっていたが、感染者の強制隔離や感染地域の交通遮断、強制消毒など、時代の変化にあわない内容を含んでいたため、同法は1999年(平成11)廃止、かわって感染症予防・医療法(感染症法)が施行された。
[柳下徳雄]
『清水悠紀臣・鹿江雅光著『Medical Science選書 伝染病学』(1997・インターズー)』▽『ハリー・フィルモア・ダウリング著、竹田美文訳『人類は伝染病をいかにして征服したか』(講談社学術文庫)』
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昔から〈はやり病(やまい)〉〈疫病〉として人から恐れられてきた病気のことで,病原微生物の感染によって発病する。日本では,感染と伝染の区別があいまいで,この二つは同義語のように用いられることが多いが,感染infectionとは病原微生物が生体に侵入して増殖し,生体に害を与える場合(この病的異常状態が感染症infectious disease)をいい,伝染とは感染症の経過中,感染生体から分泌物や排出物とともに病原体が出て,それが接触または媒介によって他の生体を感染させる場合をいう。したがって伝染病は感染症に含まれるが,感染症のなかでも伝染力(伝播力)の強い感染症をさすわけである。
日本では1897年に伝染病予防法が制定され,その後,何回もの改正を経たが,現在この法律によって,とくに伝染力の強い危険なもの11病が法定伝染病として,12病が届出伝染病,3病が指定伝染病として予防対象とされている。そのほかに結核予防法,らい予防法(1997年に廃止),性病予防法,寄生虫病予防法(1994年に廃止),エイズ予防法(1989年に施行)などにより届出を必要とする伝染病や,学校保健法による学校伝染病の規定もある。また検疫における予防対象である検疫伝染病はコレラ,ペスト,黄熱の3病で,国際保健規則(悪疫の国際間伝播を防止するための国際的なとりきめ)にのっとり,国内法としては検疫法により定められている。しかし,これらの個別法規が実情に合わなくなってきているため,厚生省では,伝染病予防法を廃止して,総合感染症対策の実施を検討中である。なお家畜の伝染病については家畜伝染病予防法が定めている。
1977年6月10日,厚生大臣の諮問機関である国際伝染病小委員会で決められた行政上の名称で,〈国内に常在せず,予防法,治療法が確立していないため,致命率が高く,かつ伝染力が強いので,患者及び検体の取扱いに特殊の施設を必要とする特定の伝染病〉と定義されている。ラッサ熱,マールブルク病,エボラ出血熱の各ウイルス性疾患が該当する。これらはいずれも人獣共通伝染病で,サハラ以南のアフリカ諸国,とくに西アフリカに風土病的に存在するものとみられるが,院内感染での致命率が高いところから注目された。臨床症状による相互鑑別診断はまず不可能であり,マラリアや腸チフスとの鑑別も困難なことが多い。各ウイルスは最高危険度に分類され,ウイルス学的検査は高度安全実験室で行われ,患者も同じく高度安全病棟に収容する。以上の3病のうち,ラッサ熱,マールブルク病はそれぞれ別項目として扱ったので,それらに譲り,ここではエボラ出血熱について述べる。
エボラ出血熱ebola haemorrhagic feverはエボラウイルスによる全身性の急性熱性伝染病で,1976年スーダンとザイールで発生した。エボラウイルスはマールブルクウイルスと形態学的には同一であるが,抗原的には異なり,類縁ウイルスはなく未分類である。潜伏期間は4~16日(平均7日)。ヒトへの感染,臨床症状,治療などについてはマールブルク病と同じである。
執筆者:今川 八束+山口 登
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[感染と伝染]
日本では,これまで感染と伝染との区別があいまいで,同義語として用いられることが多かった。しかし厳密には,病原微生物が生体に感染して疾病を起こし,その経過中(潜伏期,回復期,病後を含む),感染生体からの分泌物や排出物とともに病原体が出て,接触または媒介によって他の生体を感染させる場合を伝染といい,とくに伝染力の強い感染症を伝染病と呼んでいる。法定伝染病(コレラ,赤痢,腸チフス,パラチフス,痘瘡(とうそう),発疹チフス,猩紅(しようこう)熱,ジフテリア,流行性脳脊髄膜炎,ペスト,日本脳炎)や麻疹(はしか),百日咳,急性灰白髄炎,水痘,風疹などが好例である。…
…これらの細菌毒素はタンパク質性の菌体外毒素であるが,このほかにリポ多糖体の菌体内毒素も存在している。
[伝染病]
感染症のなかで,つぎつぎと感染が伝播するものを伝染病という。単発性の,破傷風菌による破傷風や化膿菌による敗血症などの感染症は,伝染病と呼ばない。…
※「伝染病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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