梨の木平遺跡(読み)なしのきだいらいせき

日本歴史地名大系 「梨の木平遺跡」の解説

梨の木平遺跡
なしのきだいらいせき

[現在地名]月夜野町月夜野 藪田

利根川右岸の三段からなる河岸段丘の最下面に位置する。この地域は山麓より利根川に流入する小河川による開析谷の発達が著しく、当遺跡もこの開析谷により舌状台地状に分断されている。標高は四三〇―四二二メートルで、利根川との比高は約三〇メートル。昭和五一年(一九七六)に発掘調査を実施。縄文中期の敷石住居跡、弥生中期の土壙群、平安時代の住居跡などを検出した。敷石住居跡は傾斜地を利用し、大型の板状節理された安山岩を、住居掘込みの中心部の方形部分に敷詰め、岩の間の隙間にはさらに小さな石を埋めて平坦な面を形成している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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