梶尾村(読み)かじおむら

日本歴史地名大系 「梶尾村」の解説

梶尾村
かじおむら

[現在地名]北部町梶尾

坪井(つぼい)川左岸にあり、対岸は西梶尾(にしかじお)村、北は大鳥居(おおとりい)村、南は鶴羽田(つるはだ)村に接する。正嘉元年(一二五七)五月一〇日の大谷殿御墓寺々米用途支配状(詫摩文書)に「北加治尾八丁」とみえ、詫磨能秀は母の風早殿(大谷殿)から寺用米不足の旨が伝えられたので、七月一〇日以前に大谷長老に八町分の年貢二〇八文を運上せよと給主に命じている。康暦三年(一三八一)六月一日よしかつは、子の松一丸が命に背いたため、先に譲った「かのこきのひかしのしやうの内ミなミかちを」などを、松一丸の弟武者一丸に譲り直している(「よしかつ譲状」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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