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森孫右衛門 もり まごえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

森孫右衛門 もり-まごえもん

?-? 織豊-江戸時代前期の魚商。
摂津西成郡(大阪府)佃村の名主。天正(てんしょう)18年(1590)徳川家康の関東入封にしたがい,一族とともに江戸日本橋に移住して徳川家に漁獲物を提供。慶長のころ次男の九左衛門が魚問屋をひらき,これが日本橋魚市場の起源という。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

森孫右衛門

没年:寛文12(1672)
生年:永禄12(1569)
江戸前期,江戸日本橋魚市場の祖形をつくったとされる,摂州西成郡佃村(大阪市)の漁民。伝承多く考証未詳につき,いまは父子2人説に従う。父の孫右衛門(初め見一姓)は,天正年中(1573~92)に徳川家康の知遇をえて森姓を与えられ,同18年一族と共に江戸に入り,白魚漁に着手。天正18年江戸日本橋魚河岸創設説は,この事績を指したもの。その後慶長8(1603)年までに次男九左衛門ら7名を江戸に移住させ,白魚漁のかたわら道三堀に魚問屋を開業させる。九左衛門らは,慶長12年までに本小田原町に進出し,ここに日本橋魚河岸が成る。森一族は,こののち旧来手法を墨守して問屋業は先細りとなるが,元和2(1616)年ごろ本小田原町に魚問屋を興した大和桜井出身の大和屋助五郎は,森一族と対抗しながら,駿州各浦に鮮魚の仕込金をもって敷浦(浜方〈浦方〉への敷金〈前貸金〉にもとづく問屋の集荷専有権)を設け,産地独占的な魚河岸の流通機構を作出した。<参考文献>『東京都中央卸売市場史』上,中村勝『増補・改定 市場の語る日本の近代』

(中村勝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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