森長村(読み)もりながむら

日本歴史地名大系 「森長村」の解説

森長村
もりながむら

[現在地名]新城市須長(すなが)

須長村内の西部が慶長一〇年(一六〇五)に分れて成立。菅沼家の領地目録(新城市誌)では六七石余と新田三石余の村である。安政七年(一八六〇)の火消人数定(新城町誌)では家数一一。北方の丘陵地帯に須長古墳群の第五―一〇号墳の六基の古墳があり、いずれも径一〇メートル前後の円墳であるが、一部はすでに破壊されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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