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森長継 もり ながつぐ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

森長継 もり-ながつぐ

1610-1698 江戸時代前期の大名。
慶長15年生まれ。外祖父森忠政の養子となり,寛永11年(1634)美作(みまさか)(岡山県)津山藩主森家2代。延宝2年(1674)隠居。元禄(げんろく)10年津山藩改易(かいえき)により備中(びっちゅう)(岡山県)西江原藩2万石をあたえられ,森家を再興した。元禄11年7月11日死去。89歳。本姓は関。

出典|講談社
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世界大百科事典内の森長継の言及

【津山[市]】より

…鶴山の南麓には藩主一門や重臣の居住する山下が配置され,その外側を堀で囲み,城の南正面に大手門が設けられた。なお明暦年間(1655‐58)藩主森長継のとき,衆楽園がつくられた。 築城とともに城下町の経営も進められた。…

【備中国】より

…さて,1672年(寛文12)岡山藩主池田光政は,その子政言(まさこと),輝録(てるとし)にそれぞれ備中国内で2万5000石,1万5000石を分与したが,これが岡山藩支封の外様小藩としての鴨方(かもがた),生坂(いくさか)両藩である。97年森長継が2万石を与えられて,後月郡西江原(井原市)に居所を構えて立藩した西江原藩は,外様小藩で1706年(宝永3)移封で廃藩となり,1698年阿賀郡新見を居所として,関長治が1万8000石を領して立藩した新見藩は,外様小藩ながら9代170年余在封した。 このほか,備中国内の天領支配のため倉敷代官所が1642年に,笠岡代官所が1700年にそれぞれ設置され,備中南部の早島,帯江,撫川(なつかわ),妹尾,高松などには,戸川氏,花房氏などの旗本知行所が置かれていた。…

【森氏】より

…近世大名。清和源氏源義家の六男相模国森荘居住源義隆の流といわれ,15代可行(よしゆき)が美濃羽栗郡蓮台に住し,その子可成(よしなり)は織田信長に属し金山城主可成の子のうち蘭丸は本能寺の変で討死,長可(ながよし)は小牧・長久手の戦で羽柴方につき戦死。忠政は1600年(慶長5)信濃の川中島13万7000石余を領し,関ヶ原戦後徳川氏から美作津山18万6000石余を与えられた。この家は97年(元禄10)改易されたが長継が再仕して家を保ち,のち播磨赤穂2万石となった。…

※「森長継」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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