…まずインド航路発見者のV.daガマの隊員がカリカットに上陸した98年ころにインドに運ばれ,続いてマレー半島に波及し,16世紀の初め中国の広東に達し,北上して中国全土に広がる。中国ではこれを〈広東瘡(カントンそう)〉あるいは〈楊梅瘡(ようばいそう)〉と呼んだ。 このころ明と交通していた日本にやがて梅毒が伝来するが,それは1512年(永正9)のことといわれ,はじめ関西に起こり,翌年には関東に及んだ。…
※「楊梅瘡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...