橋良御厨(読み)はしらのみくりや

日本歴史地名大系 「橋良御厨」の解説

橋良御厨
はしらのみくりや

現在の橋良町とはしら一番町から九番町辺りとされている。「神鳳鈔」に「内橋良御厨六石」とあって、伊勢神宮内宮の所領であり、年々米六石を納入していた。建久已下古文書(神宮文庫蔵)によれば、給主は禰宜重章らであって、「子細見于嘉承注文、永久宣旨也」とあるので、嘉承年間(一一〇六―〇八)以前に設定されていたものである。この御厨内に橋良神明社が勧請されていることから、その所在地が比定できる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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