櫟枝村(読み)いちえだむら

日本歴史地名大系 「櫟枝村」の解説

櫟枝村
いちえだむら

[現在地名]大和郡山市櫟枝町

新庄(しんじよう)村北方、高瀬(たかせ)川沿いに所在。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳に櫟田の荘名がみえ、寛喜二年(一二三〇)一二月の権律師清信宛行状(春日神社文書)に「合水田二反者 在大和国添上郡五条三里廿二坪 西縄本一反 櫟田庄領内」とある。この櫟田は櫟枝に相当する。慶長・元和・寛永各郷帳では「一枝村」とあり、「大和志」に「櫟或作一」と注記する。

文禄検地帳写が残る。検地奉行は増田長盛。慶長郷帳では村高は一八五・六一石、御番衆領。元和元年(一六一五)郡山藩(水野勝成)領となる。のち同藩の二割半無地高増政策で村高は二三二・〇三八石となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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