次郎八新田(読み)じろはちしんでん

日本歴史地名大系 「次郎八新田」の解説

次郎八新田
じろはちしんでん

[現在地名]天竜市次郎八新田

山東(やまひがし)村光明(こうみよう)寺の南東の低地に位置する。治郎八新田とも書く。村名は二俣(ふたまた)村の川島次良八郎重政(貞享四年没)が開発したことに由来するという。正保年間(一六四四―四八)よりのち、山東村内の深泥地が開墾されたという(遠江国風土記伝)。延宝七年(一六七九)幕府中泉代官の検地により田一町八反余・分米一七石余、屋敷地一五歩とあるが、百姓家は一軒もなく、山東村の枝郷であった(「次郎八新田検地帳写」米山家文書)。元禄郷帳に「山東村之枝新田」の注記で治郎八新田とみえ、高一七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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