正墻薫(読み)しょうがき かおる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「正墻薫」の解説

正墻薫 しょうがき-かおる

1818-1875 江戸時代後期の武士
文化15年1月1日生まれ。因幡(いなば)鳥取藩士。佐藤一斎,篠崎小竹(しのざき-しょうちく)にまなぶ。藩儒として学制改革,産物会所吟味役として殖産興業につとめた。明治8年3月9日死去。58歳。字(あざな)は醇夫,朝華通称は新蔵。号は適処,研志堂。著作に「杞憂録」「研志堂詩鈔」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む