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国民議会 コクミンギカイ

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デジタル大辞泉の解説

こくみん‐ぎかい〔‐ギクワイ〕【国民議会】

フランス革命初期の1789年6月、三部会から第三身分議員が分離して組織した議会。7月には憲法制定国民議会と改称。

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百科事典マイペディアの解説

国民議会【こくみんぎかい】

フランス革命初期の1789年に召集された三部会第三身分が,革命を進めるため6月この名を採択。のち第一・第二身分も参加して7月憲法制定国民議会と改称,封建制廃棄を宣言し〈人権宣言〉を採択。
→関連項目シエイエスミラボー立法議会ロベスピエール

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世界大百科事典 第2版の解説

こくみんぎかい【国民議会 Assemblée nationale】

1789年のフランス革命当初の議会の名称であり,その後も,今日まで数次にわたって採用されたフランスの議会の名称。 1789年に,全国の聖職者,貴族,第三身分の代表者から成る全国三部会が召集され,5月5日に開会式が行われたが,議決方法をめぐって意見が対立した。すなわち,聖職者と貴族の代表たちは,旧来の慣習通り3身分がそれぞれ別個に会議を開くことを主張したが,第三身分の代表たちは,3身分が合同して会議を開き票決は頭数制によるべきであると主張した。

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大辞林 第三版の解説

こくみんぎかい【国民議会】

フランスにおける議会の名。
フランス革命における最初の議会。1789年、三部会の身分別審議・票決に反対する第三身分議員を中心に成立。
普仏戦争後、第二帝政が崩壊したのちボルドーで開会した議会。1875年の憲法を制定し第三共和制を確定した。
第二次大戦後の第四共和制・第五共和制下の議会。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国民議会
こくみんぎかい
Assemble nationaleフランス語

普通、フランス革命初期に成立したフランス最初の国会をさすが、第三共和政初期の国会、および第四、第五共和政の下院を、いずれもフランス民主主義の伝統にちなんで国民議会とよぶ。
 1789年5月にベルサイユに招集され、フランス革命の発端となった三部会から、第三身分のブルジョア代議員たちが分離、6月17日、国民の代表として国民議会の呼称を採用、同月20日、「テニスコートの誓い」で、王国の憲法制定まで解散しないことを誓い、僧侶(そうりょ)・貴族の代議員も合流、王権もこれを認めた。7月9日「憲法制定国民議会」と改称され、反革命側はその弾圧を図ったが、革命的民衆の支援のもとに議会は活動を開始した。89年10月、パリに移り、国民主権、立憲王制、三権分立、制限選挙の一院制などを含むフランスで最初の憲法「1791年憲法」を制定後、91年9月30日解散した。この間、「封建的諸権利廃止宣言」や「人権宣言」を発して近代化を進め、教会財産没収と国有化、後の紙幣アッシニャ発行、聖職者基本法制定などによって財政、宗教問題に取り組み、また行政機構・区画の整備、司法改革を行い、国内関税やギルドを廃止して経済上の自由主義を発展させた。一方、戒厳令やル・シャプリエ法を制定し、シャン・ド・マルスの虐殺事件のように民衆運動を抑圧する動きを示したが、総じて絶対王制、封建遺制を改革して、近代国家の政治・社会体制を編成し、ブルジョア民主主義革命を推進する中核的役割を果たした。
 なお、第三共和政初期の1871年2月に成立、75年12月末に解散した国会はプロイセン・フランス戦争敗北後の講和仮条約を承認し、72年3~5月パリ・コミューンの反乱鎮圧を経て、75年1月、共和制、大統領制、二院制、男子普通選挙などを含む「1875年憲法」を制定した。また、第四共和政期(1946~58)の下院は、フランス初の婦人を含む普通選挙で選ばれ、強い権限をもった。第五共和政期(1958年以降)の下院は逆に行政府優越下に置かれている。[山上正太郎]

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世界大百科事典内の国民議会の言及

【下院】より

…通常,全国民の利益を代表する民選議員によって組織され,上院に比して任期が短く,多くの場合,解散によって民意を問い直す制度を備えている。日本の衆議院,イギリスの庶民院House of Commons,アメリカの代議院House of Representatives,フランスの国民議会Assemblée nationale,ドイツの連邦議会Bundestagが下院に該当する。民主化が進むとともに,議会内での勢力関係はしだいに下院を優越させる方向へ変化した。…

【国民】より

…市民革命は,この一体性をもった国民が君主に代わって主権者の位置につくことにより達成された。それとともに,絶対王政下の常備軍は国民軍となり,貴族,僧侶,市民(まれには農民も含む)などの諸身分の代表者による等族会議は国民議会となった。ここに,近代国民国家が成立する。…

【フランス革命】より

…すなわち,貴族は3身分がそれぞれ別個に会議を開くことを主張したが,第三身分は3身分の合同と頭数制の議決とを要求していた。89年5月に全国三部会が開かれると,初めから議決方式をめぐる紛糾が生じ,第三身分の議員たちはみずから〈国民議会〉と名のり,憲法の制定までは解散しないことを誓った(テニスコートの誓い)。その固い決意をみて,国王もやむなく聖職者と貴族に国民議会への合流を命じ,全国三部会は89年7月に〈憲法制定国民議会〉という名称をとることになった。…

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