正田 淑子
ショウダ ヨシコ
大正・昭和期の教育者 満州帝国道徳総会顧問。
- 生年
- 明治10(1877)年1月
- 没年
- 昭和17(1942)年1月15日
- 出生地
- 栃木県佐野町(現・佐野市)
- 学歴〔年〕
- 日本女子大学〔明治37年〕卒,コロンビア大学大学院〔大正12年〕修了
- 経歴
- 明治37年に日本女子大学を卒業後、桜楓会で教育部長となる。43年アメリカに渡り、タイピストとして働きながらコロンビア大学に通った。大正12年同大学大学院を修了。帰国後は昭和8年に退職するまで母校日本女子大学に勤務し、教授や社会事業部長などを歴任。12年以降は満州で社会教化事業に携わり、満州帝国道徳総会顧問を務めた。著書に「賃金制度の諸問題」「図解的英文法」などがある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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正田淑子 しょうだ-よしこ
1877-1942 大正-昭和時代前期の教育者。
明治10年1月生まれ。母校日本女子大の桜楓会教育部長をつとめ,明治43年渡米し,コロンビア大にまなぶ。大正13年帰国,母校の教授となる。昭和12年満州(中国東北部)にわたり,満州帝国道徳総会顧問として社会教化事業にたずさわった。昭和17年1月15日死去。66歳。栃木県出身。著作に「賃銀制度の諸問題」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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