武居大祝家跡(読み)たけいおおほうりけあと

日本歴史地名大系 「武居大祝家跡」の解説

武居大祝家跡
たけいおおほうりけあと

[現在地名]下諏訪町武居

諏訪大社下社秋宮の南東に位置し、旧鎌倉街道に沿ってあった。表大門を入れば左側に内御霊戸うちみたまど社・行事殿、その後ろに本邸、本邸の左に稲荷社があった。本邸の後ろ一段高い石塁上に土蔵及び宝蔵があり、宝蔵には諏訪大社下社に伝わる宝物を蔵していたという。

武居祝は、諏訪下社大祝武居祝系図略によれば、武居大伴主神がその始祖といわれ、下社の五官の首位にあった。永禄八年(一五六五)の「諏方上下社祭祀再興次第」には下社の宮奉行に「竹居祝・大和監物・高木喜兵衛尉・辰野伝兵衛尉・竹居宮内丞・諏方刑部右衛門尉」の六人の名がみえ、下社大祝金刺氏の支族の代表的な人々といわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む