武州豊島郡江戸庄図(読み)ぶしゆうとしまぐんえどしようず

日本歴史地名大系 「武州豊島郡江戸庄図」の解説

武州豊島郡江戸庄図(寛永江戸図)
ぶしゆうとしまぐんえどしようず

八五・四×一一八・五センチ 写図彩色 都立中央図書館蔵

解説 「寛永九年申十二月重改板」などの刊記を写す諸本があるにもかかわらず模刻出版を疑われていたが、先年市場に真正の刊本が現れ解決したという。寛政以降の写図三〇点前後が知られ、額題にもかかわらず目録上他の題を付されたものもある。江戸時代初期の実体描写を残し寛永江戸図と略称。筆致図柄に風格があり、以後半世紀間に刊行される一群の図の代表となって形式を踏襲する図が八点知られる。慶長一一年完成した外堀兼上水源の人工湖赤坂溜池を描くことなどから、本図によってのち激変した前期江戸市街の状況を論ずる説がとくに多い。なお実在しない「江戸庄」は題名の美称らしく、また絵画的描写にもかかわらず「絵図」の称もその群の終末までほとんど用いられていない。古板江戸図集成(線描影写無彩)・「東京市史稿」市街篇付図に収載

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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