日本大百科全書(ニッポニカ) 「毛彫り」の意味・わかりやすい解説
毛彫り
けぼり
鏨(たがね)を用いて金属板に線を彫る一手法。彫金のなかでももっとも基本的技法で、毛のように細い線を彫るところからこの名がある。刃先が三角形にとがった鏨(しぶ鏨、毛彫り鏨)を用いる。彫削した跡がV字状の溝となって、鋭く力のある線を表し、またこの鏨の先を少し丸く研いだ丸毛彫り鏨は、彫り跡がU字状の溝となり、柔らかい線を彫るのに適している。古墳出土の兜(かぶと)や鞍(くら)金具には毛彫りによって文様を線刻されたものもあって、古くからの技法であることが知られている。飛鳥(あすか)、奈良時代以降は仏具、生活用具の文様、銘文の線刻に広く用いられた。飛鳥時代の金銅灌頂幡(こんどうかんじょうばん)(東京国立博物館)の飛天、仏、雲、唐草は毛彫りであるが、その描線は非常に流麗である。また東大寺大仏の蓮弁(れんべん)の蓮華蔵世界図もこの毛彫りによって表されている。1001年(長保3)の毛彫蔵王権現(ざおうごんげん)像(西新井大師総持寺蔵)は白描の絵画をみるようであり、巧妙精緻(せいち)な線刻は毛彫りの最高技術を示す。
[原田一敏]