一般には虚空を飛ぶ天人のこと。ことに仏教において,仏(如来)の浄土の空中を飛びながら天の花を散らし,あるいは天の音楽を奏し,あるいは香を薫じて仏を讃える天人を意味する。天人のほかに菩薩も仏の徳を讃嘆して虚空に舞うが,日本ではそれを区別せず,いずれも飛天の名で呼び,多く女性像で表されるため天女とも呼ばれる。仏教の初期から表現されており,作例が見いだせる地域は仏教が普及した全域に及ぶ。インド地方では,サーンチー大塔東門の浮彫をはじめとして,ガンダーラ,マトゥラーなどに作例がある。両足を揃え膝から下を軽く曲げた姿勢で,本尊の上方の位置に表され,虚空を飛ぶことをかすかに暗示させる。バーミヤーンや中央アジアの壁画にも同様の表現が残され,中国においても敦煌,雲岡,響堂山などの石窟寺院に多くの表現を見ることができる。天衣(てんね)を翻らせて飛行遊泳する姿の表現に特に力を注ぎ,優れた表現を示すものは敦煌莫高窟(ばつこうくつ)の壁画である。敦煌壁画は飛天表現の宝庫であり,中国以東の飛天表現の手本であったと考えられる。韓国の慶州国立博物館にある奉徳寺の銅鐘(771)には,蓮華台に跪坐(きざ)して両手で香炉を捧げ持つ優れた飛天が浮彫で鋳出される。日本には飛鳥時代以来多くの作例が残されており,著名な例としては,法隆寺金堂内陣壁画と《玉虫厨子》,正倉院〈麻布菩薩〉,薬師寺東塔水煙,平安時代には東寺天蓋の八供養菩薩像,平等院鳳凰堂本尊の光背,鎌倉時代の法界寺阿弥陀堂内陣壁画の飛天がある。また,当麻曼荼羅や両界曼荼羅の中にも表される。
飛天のように虚空を飛ぶ霊的存在は,キリスト教やゾロアスター教にも認められており,仏教独特のものではない。仏教以外の飛天の類は,古代アッシリアから見られ,背中に翼を持つ天使像として表現され,グレコ・ロマンの神であるニケやエロス,キリスト教のエンジェルもその例である。遺品にはイランのターク・イ・ブスターン大洞入口上方の真珠の環を持つニケ像や,中央アジアのミーラーンの壁画(東京国立博物館)の有翼天使像などが名高い。有翼天使像形の飛天は仏教美術へはほとんど影響を与えず,わずかに東京国立博物館蔵の舎利容器(クチャ。6世紀ころ。大谷探検隊将来品)の蓋に楽器を奏でる童子形の例が知られる。
執筆者:関口 正之
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天衣(てんね)をまとい空中を飛行する天人。エジプトやメソポタミアに生まれ、ギリシア、ローマへと展開する有翼の神々(勝利の女神ニケや恋の神キューピッドなど)に対して、東洋では翼をもたない飛天が創造された。その発生の地はインドとされている。西方の飛天が、おもに裸体中心の表現、つまりギリシア的な肉体賛美にあったのに対して、東洋、ことに中国では、装飾的な天衣に関心が寄せられた。敦煌(とんこう)から雲崗(うんこう)、さらに天竜山へと、しだいに中国的な視覚が浸透していくにつれて、この傾向が明らかになる。日本では、法隆寺金堂天蓋(てんがい)の飛天、東京国立博物館の金銅透彫灌頂幡(すかしぼりかんじょうばん)の飛天などは、いずれもこの流れをくむ古式の飛天である。
[村元雄]
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…また空中を飛行する人物というモティーフは,エジプトや西アジアに有翼の精霊としてはじまり,中央アジアまで東伝した。一方,インドでは領布(ひれ)をひるがえし,手足を泳ぐように動かして飛ぶ飛天が誕生し,仏教美術とともに東伝し,西域では西アジア系の有翼像との融合もみられた。中国では,すでに漢代以来,神仙世界の神人が翼をつけて飛ぶ姿をみせていたが,南北朝時代に西方から入った飛天を採用し,雲中を飛ぶ姿に変容されてゆき,唐朝には天衣をひるがえして飛ぶ優雅な天女(人)の姿が完成した。…
※「飛天」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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