水野太郎左衛門宅跡(読み)みずのたろうざえもんたくあと

日本歴史地名大系 「水野太郎左衛門宅跡」の解説

水野太郎左衛門宅跡
みずのたろうざえもんたくあと

[現在地名]東区泉二丁目

鍋屋なべや町の西部善光寺ぜんこうじ筋の角にあった。初代太郎左衛門は春日井郡鍋屋上野なべやうえの(現千種区・東区)に住居を構え、鋳物職を営んだ。永禄五年(一五六二)織田信長から黒印状によって領国内の鋳物鋳造の利権を賦与され、信重・信雄らの代になっても変わらなかった。二代目太郎左衛門は文禄二年(一五九三)清須きよす(現西春日井郡清洲町)へ転住、三代目太郎左衛門は慶長一六年(一六一一)名古屋鍋屋町に居を定めた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む