永昌村(読み)えいしようむら

日本歴史地名大系 「永昌村」の解説

永昌村
えいしようむら

[現在地名]諫早市永昌町・永昌東町えいしようひがしまち

本明ほんみよう川右岸に位置する。長崎路が通る。諫早郷に属し、はじめ肥前佐賀藩親類同格の諫早家領であったが、元和七年(一六二一)に佐賀本藩に上知されたうちの一村とみられる。元禄国絵図に「栄田村ノ内 栄昌村」とみえる。天保九年(一八三八)の御蔵入地地米郷村付(佐賀県立図書館蔵)に栄昌とみえ、地米高一八八石余。同一三年以降の佐賀領郷村帳では御蔵入(佐賀本藩)分として記される。同一四年の諫早郷鑑では地米一九〇石余・田畠三四町余、人数三四二のうち農業人一三二、諸職人そのほか一五歳以下二一〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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