永長遺跡(読み)ながおさいせき

日本歴史地名大系 「永長遺跡」の解説

永長遺跡
ながおさいせき

[現在地名]宇和町永長

永長集落に西接する平坦地(標高一五メートル前後)に、縄文後期―晩期土器、弥生中期以降の土器が広く出土している。このような状態は久枝ひさえだの東南部で根笹ねざさ川の北岸にあたる所でもみられるが、縄文期のものはごくわずかで、弥生系や須恵器のようなものが多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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