池庄村(読み)いけしようむら

日本歴史地名大系 「池庄村」の解説

池庄村
いけしようむら

[現在地名]湖東町池庄

下岸本(しもぎしもと)村・中岸本村の北東に位置する。古代から中世にかけて奈良大安寺領池庄があった。慶長三年(一五九八)の検地帳(「太閤検地論」所収)によれば、名請人数一三二、うち三反以下の名請人は九〇、屋敷筆数四三。元和八年(一六二二)もと山形藩主最上氏領となり、江戸時代を通じて同領。寛永石高帳に池之庄村とあり高一千九石余。天保七年(一八三六)から弘化三年(一八四六)にかけて東海道石部(いしべ)宿(現甲賀郡石部町)の増助郷とされ、村高のうち引高二七九石で、残高七三〇石のうち助郷高一八〇石(「東海道石部宿助郷一件写」石部町教育委員会蔵)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む