河岸八町米仲買(読み)かしはっちょうこめなかがい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「河岸八町米仲買」の意味・わかりやすい解説

河岸八町米仲買
かしはっちょうこめなかがい

江戸時代米問屋をいう。江戸日本橋付近の米河岸八町,すなわち表河岸,長屋七軒 (以上本船町) ,上伊勢,下伊勢 (以上伊勢町) ,小網町小舟町堀江町に軒を並べて居を定めていた米仲買商仲間。元禄年間 (1688~1704) にはその数は 140軒をこし,江戸米商界に大勢力をもち,幕府用達をつとめるものもあった。

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世界大百科事典(旧版)内の河岸八町米仲買の言及

【搗米屋】より

…このほか搗米を営むものとして大道搗が,1727年(享保12)当時1100人ほどいた。搗米屋,大道搗はともに玄米を河岸八町米仲買(25人),脇店八ヵ所組米屋(275人)から買い入れ,白米にして消費者に売っていた。消費者への米の販売は,河岸八町米仲買と脇店八ヵ所組米屋が玄米を,搗米屋が白米を売ること以外にはできなかった。…

※「河岸八町米仲買」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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