油古閑村(読み)あぶらこがむら

日本歴史地名大系 「油古閑村」の解説

油古閑村
あぶらこがむら

[現在地名]合志町幾久富きくどみ

合志台地の中央部にあって、二子ふたご村の南、竹迫たかば町の西に隣接する畑作地帯。戦国時代末期の寺社方家中侍中名附写(厳照寺文書)に「一畑五反 油古閑観音」とみえ、合志氏の土地寄進を伝える。慶長九年(一六〇四)九月の検地帳に「下庄油古閑村」とあり、名請人六〇、畠・屋敷四六町九反八畝余、分米三〇五石八斗余。寛永一〇年(一六三三)人畜改帳では竹迫組に属し、庄屋市兵衛の一竈のみが記載され、人数一七、牛馬五、家数一九、屋敷四反五畝、高八七石二斗余とある。その後竹迫手永に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む