20世紀日本人名事典 「泉盈之進」の解説 泉 盈之進イズミ エイノシン 大正・昭和期の社会運動家,医師 解放運動犠牲者救援会初代書記長;元・日ソ協会理事。 生年明治37(1904)年1月2日 没年昭和58(1983)年9月13日 出生地北海道室蘭市石川町 学歴〔年〕東京歯科医学校中退 経歴早くから洗礼を受け、学生時代から社会運動に入る。大正12年政治問題研究会に参加し、また無産者病院設立につとめ、大正15年労働農民党に参加。昭和4年の4.16事件で検挙される。のち歯科医院を開業し、6年日本労農救援会の設立に参加。20年解放運動犠牲者救援会の再建に参加し初代書記長となる。また新日本医師協会に加入、また日ソ協会理事などもつとめた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「泉盈之進」の解説 泉盈之進 いずみ-えいのしん 1904-1983 大正-昭和時代の社会運動家,医師。明治37年1月2日生まれ。東京歯科医学校(現東京歯大)在学中,賀川豊彦の影響をうける。医学校中退後,独学で歯科医となり,大正13年馬島僴(まじま-ゆたか)の労働者診療所開設に協力。昭和4年共産党に入党,四・一六事件で検挙される。20年解放運動犠牲者救援会の再建に参加した。昭和58年9月13日死去。79歳。北海道出身。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by