法貴寺村(読み)ほうきじむら

日本歴史地名大系 「法貴寺村」の解説

法貴寺村
ほうきじむら

[現在地名]田原本町大字法貴寺ほうきじ

東井上ひがしいね村の北、初瀬はせ川の東西両岸に所在。現地では「ほうけじ」という。建久二年(一一九一)一二月一一日の僧仏道田地処分状(内閣文庫蔵)にみえる城下しきのしも郡東郷一四条二里二五坪の「はしかみ」(端裏書)は現小字ハジカミ、西大寺田園目録にみえる同郷一四条三里三坪のうち「一段 長谷河丹波」は現小字丹波山たんばやま丹波前たんばまえにあたる。永仁二年(一二九四)の大仏灯油料田記録には同郷一五条二里八坪の「ホケシ 字多々羅部」とあり、小字タタラベが現存する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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