旺文社日本史事典 三訂版 「十二神将像」の解説
十二神将像
じゅうにしんしょうぞう
毘羯羅 (びから) 大将をはじめいずれも甲冑をつけた武将の姿で,のちに十二支の護法神として,頭上に十二支の冠を戴く。人身獣頭のものもある。奈良の新薬師寺にある天平時代の塑像は有名。
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…鎌倉時代後期には興福寺末となり,南都七郷のうちに新薬師寺郷が含まれ,室町時代にはしばしば戦場となり衰退の度を加えた。1602年(慶長7)8月徳川家康より100石の朱印を賜り,99年(元禄12)に護持院隆光の斡旋で桂昌院宗子の寄捨により,本尊,十二神将像などの修理が行われた。現今の本堂は,もとの何堂に当たる天平遺構かは明らかでない。…
※「十二神将像」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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