波志浦(読み)はしうら

日本歴史地名大系 「波志浦」の解説

波志浦
はしうら

日本海に突き出した大崎(おおさき)鼻の西側の海浜。現波子町の内。箸浦・橋浦とも記される。神(か)村・宇屋加(うやが)村との村境を確定する応永四年(一三九七)四月四日の契約状(仁井屋文書)に「はし村境」と記される。波志浦が日御崎社(日御碕神社)領となったのは大永三年(一五二三)に尼子氏がこれを寄進してからである(同年八月一四日「尼子経久寄進状」同文書)。尼子経久は「今度此表不慮切取」ったとして波志浦を日御崎社に寄進しており、尼子氏が波志浦を含む江川河口周辺地域を石見進出の政治的軍事的な橋頭堡と考えていたと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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