日本歴史地名大系 「注連川村」の解説 注連川村しめがわむら 島根県:鹿足郡六日市町注連川村[現在地名]六日市町注連川広石(ひろいし)村の西、吉賀(よしが)川の左岸にあり、支流河内(こうち)川流域の村。仲(なか)ノ原(はら)・三助(さんすけ)・沖場(おきば)・堂免(どうめん)・光長(みつなが)・河内の六集落がある。建武二年(一三三五)五月二六日、吉見頼隆が「石見国吉賀郡志目河村」を沙弥宗寂に安堵しているが(「吉見頼隆下文」前田家文書)、これは当地をさすと考えられる。明治四年(一八七一)の万手鑑では古高三〇三石余、寛永一四年(一六三七)の検地高七〇三石余、明治四年の総高七九八石余・反別一三三町二反余、家数一四三(百姓一三二・小百姓八・社家一・泉流寺・医師一)・人数五二二、牛一一〇・馬二、米蔵一、質屋二、社三(龍雲山愛宕神社・河内神社・新宮神社)と小社三、鉄砲一五、紙漉舟九〇、古城跡一(堂免山城主上領玄蕃の居城と伝える)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by