流岡村(読み)ながれおかむら

日本歴史地名大系 「流岡村」の解説

流岡村
ながれおかむら

[現在地名]観音寺市流岡町

村黒むらぐろ村の北東吉岡よしおか村の西に位置し、財田さいた川と竿さお川の合流点から財田川左岸に沿って立地。寛永国絵図に村名がみえるが、高は高屋たかや郷に一括されている。寛永一七年(一六四〇)の生駒領高覚帳では高四五二石余、同一八年の小物成は綿三七匁(山崎領小物成帳)。「西讃府志」では高四八五石余、村の規模は東西九町五七間・南北九町三二間、田畝は六六町八反余、うち畑一七町八反余・屋敷二町六反余。家数一五五・人数五二三、牛五二・馬一三。林四町二反余。池は禅僧ぜんぞう(現善憎池、灌漑面積二三町九反余)はら(現筆架池)、泉は乙井おとい泉・新井手あらいで泉・円之元まるのもと泉の三泉。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報