浅草寺地中三十四ヶ院貸地町屋(読み)せんそうじじちゆうさんじゆうよんかいんかしちまちや

日本歴史地名大系 の解説

浅草寺地中三十四ヶ院貸地町屋
せんそうじじちゆうさんじゆうよんかいんかしちまちや

[現在地名]台東区浅草一―四丁目・同六丁目・花川戸はなかわど一―二丁目

浅草寺地中の各子院境内に設けられた貸地(借地)町屋。原則として子院境内内側に建設された専用住居で、住人は寺の門から出入りすることとされた。門前町屋と異なり設置にあたって町奉行寺社奉行の許可を必要としないことから一八世紀半ばには一般化し、地借の支払う地代は各子院の主要な収入源となった。町奉行支配。延享二年(一七四五)の本来分限御改書上帳(浅草寺志)によれば、子院三四ヵ寺のうち三〇ヵ寺が境内地借家をもっていた。

文政八年(一八二五)の各寺の貸地坪数と建家棟数は日音にちおん院一千七五二坪余・四五棟、観智かんち院四一六坪余・一一棟、金蔵こんぞう院五二〇坪余・一六棟、松寿しようじゆ院三〇六坪余・一七棟、実相じつそう院二三八坪余・一〇棟、梅園ばいおん院六二六坪余・一九棟、智光ちこう院五九七坪余・三一棟、正福しようふく院二〇〇坪余・六棟、円乗えんじよう院一四五坪余・一一棟、寿命じゆみよう院二一九坪余・一三棟、長寿ちようじゆ院二〇六坪余・一四坪、正智しようち院六〇〇坪余・一七棟、勝蔵しようぞう院八〇八坪余・一八棟(以上南谷)自性じしよう院一千五五三坪余・二九棟、寿徳じゆとく院五二〇坪余・九棟、顕松けんしよう院五四四坪余・一三棟、妙音みようおん院八五〇坪余・二一棟、法善ほうぜん院四四五坪余・一二棟、覚善かくぜん院四八〇坪余・一三棟、金剛こんごう院四一〇坪余・五棟(以上東谷)医王いおう院二千八六一坪余・四一棟、妙徳みようとく院四五〇坪余・一九棟、修善院四一〇坪余・一五棟、泉凌せんりよう院三五〇坪余・一五棟、善龍ぜんりゆう院四〇〇坪余・一五棟、無動むどう院三五〇坪余・一七棟、教善きようぜん院九八七坪余・三二棟、誠心じようしん院一千三七三坪・四〇棟、延命えんめい院七五一坪・一七棟、徳応とくおう院四五四坪・一六棟、吉祥きちじよう院五五〇坪・二三棟、泉蔵せんぞう院四〇〇坪余・一九棟(以上北谷)本龍ほんりゆう院四五坪・五棟、遍照へんじよう院九三〇坪余・四棟。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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