浅間前新田(読み)せんげんまえしんでん

日本歴史地名大系 「浅間前新田」の解説

浅間前新田
せんげんまえしんでん

[現在地名]我孫子市浅間前新田

布佐ふさ村の南西にある。寛文期(一六六一―七三)の開発とされ、天和二年(一六八二)から手賀てが沼新田請方の反高場となり、享保期(一七一六―三六)には浅間前分と称していた。天保郷帳では高五二石余。幕府領であったが、のち旗本野村領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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