浜上須賀村(読み)はまうえすかむら

日本歴史地名大系 「浜上須賀村」の解説

浜上須賀村
はまうえすかむら

[現在地名]館山市館山

真倉さなぐら村のうちで、楠見くすみ浦の西に位置する。近世の郷村帳類では真倉村に含まれて高付された。正徳二年(一七一二)の帆役覚(島田家文書)に浜上須賀とみえ、享保六年(一七二一)の真倉村内館山七ヶ所書上帳(同文書)では家数二八、男七〇・女三九、船四。同年には当村ほか二ヵ村が桂網地引をめぐり波左間はざま村と訴訟を起こしている(同文書)。寛政五年(一七九三)の真倉村明細帳(同文書)によれば高九石余(九反余)、船網役永二五〇文・五下船二艘永二五〇文などを含めて納永は二貫二九九文。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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