浦村新田村(読み)うらむらしんでんむら

日本歴史地名大系 「浦村新田村」の解説

浦村新田村
うらむらしんでんむら

[現在地名]西川町浦村新田

もとのよろい潟と潟の間に広がる潟湖の多い低湿地帯中の微高地に形成された新田集落。東は大関村おおせきむら古新田、西は大潟村おおかたむら古新田に接し、県道黒埼―西川線の北側に位置する。升潟ますがた村の枝村。元禄一一年(一六九八)の榊原式部大夫殿領分四万石拾ケ組絵図面(霜鳥家文書)では幕府領、宝暦三年(一七五三)の訴訟文書(坂田家文書)中に長岡藩預所の村としてあり、享保九年(一七二四)出雲崎いずもざき陣屋が同藩預所となるので、それ以前は出雲崎代官所の支配下にあったとみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 大潟村 大関村

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む