浦部村
うらべむら
金剛山村の東に位置し、河内谷の中ほどに立地する。村の中央を揖保川の支流前川が東流し、周囲に河内谷の沢が広がる。文政期(一八一八―三〇)の村絵図(袋尻区有)には「浦刀」とも記され、沢の中心に位置した。「和名抄」に記載される揖保郡浦上郷の遺称地とされる。文禄三年(一五九四)六月五日の豊臣秀吉知行方目録(金井文書)に浦部村とみえ、同村の一三二石余などが小出大和守に与えられている。慶長国絵図にも村名がみえる。江戸時代の領主の変遷は山津屋村と同じ。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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