清原村(読み)きよはらむら

日本歴史地名大系 「清原村」の解説

清原村
きよはらむら

[現在地名]大山町清原

野田(のだ)村の北西にあり、江東(こうとう)川が中央を北西流する。初め日原(ひばら)村と称し(正保国絵図など)、文政一〇年(一八二七)清原村と改称(在方諸事控)、天保五年(一八三四)幕府に届出た(藩史)。拝領高は二六五石余、本免二ツ七分。井上氏の給地があった(給人所付帳)。享保一九年(一七三四)の鈴木孫三郎所持本「伯耆誌」では高三〇四石、竈数二一、天保九年の御巡見様御通行万端袖控(橋井家文書)では家数二〇。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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