清戸(読み)きよと

日本歴史地名大系 「清戸」の解説

清戸
きよと

戦国期からみえる地名。現在の清瀬市中央部から北部にかけての一帯に比定され、戦国期には小田原北条氏の清戸番所が置かれていた。文明一二年(一四八〇)七月二七日の聖護院門跡御教書写(武州文書)によると、十玉じゆうぎよく坊が「武州入東郡并清戸」の年行事職に補任されている。永禄七年(一五六四)五月二三日、北条氏照は三田谷みただに(現青梅市)一帯を根拠としていた三田治部少輔らを「清戸三番衆」と定め、在勤している清戸二番衆に替わって清戸番所の警備を一五日間担当するよう命じ、「境目大切之番所」であるから「一剋片時」でも遅参があった場合には切腹を命じるとしている(「北条氏照朱印状」和田文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む