渡辺敏子(読み)ワタナベ トシコ

20世紀日本人名事典 「渡辺敏子」の解説

渡辺 敏子
ワタナベ トシコ

昭和期の社会事業家 神戸養老院院長



生年
大正5(1916)年8月26日

没年
昭和50(1975)年4月27日

出生地
兵庫県神戸市

旧姓(旧名)
倉田

学歴〔年〕
奈良県女子高等師範学校〔昭和13年〕卒

経歴
第一神戸高等女学校を経て奈良県女子高等師範学校に学ぶ。昭和13年に同卒業後は母校・神戸高等女学校の教壇に立った。神戸養老院理事長・渡辺鶴代長男と結婚したのを機に福祉事業に身を捧げ、義母を助けて同養老院主任や同理事・院長を歴任。25年には全国社会事業大会に参加して「としよりの日」の制定を提案、これはのちに「敬老の日」として実現した。46年同養老院の設立70年を記念して特別養護老人ホーム友愛苑を開設した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「渡辺敏子」の解説

渡辺敏子 わたなべ-としこ

1916-1975 昭和時代後期の社会事業家。
大正5年8月26日生まれ。第一神戸高女教師をへて,昭和21年夫の母の渡辺鶴代に協力し神戸養老院(現神戸老人ホーム)の主任,のち常務理事兼院長となる。25年全国社会事業大会で「としよりの日」制定を提唱し,翌年実現。46年特別養護老人ホーム友愛苑を設立した。昭和50年4月27日死去。58歳。兵庫県出身。奈良女高師(現奈良女子大)卒。旧姓は倉田。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「渡辺敏子」の解説

渡辺 敏子 (わたなべ としこ)

生年月日:1916年8月26日
昭和時代の社会事業家
1975年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

ベートーベンの「第九」

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android