湧稲国村(読み)わちなぐいむら

日本歴史地名大系 「湧稲国村」の解説

湧稲国村
わちなぐいむら

[現在地名]大里稲嶺いなみね

大里うーざとう間切の南端に位置し、北から東にかけて稲嶺んなんみ村、南は具志頭ぐしちやん間切新城あらぐしく(現具志頭村)、西は東風平くちんだ間切東風平くちんだ(現東風平町)。絵図郷村帳や琉球国高究帳には島添大里しましーうーざとう間切「わきにや国村」とあり、「琉球国由来記」には大里間切湧稲国村とみえる。高究帳によると高頭二九四石余、うち田二五八石余・畠三五石余。近隣の「いなミね村」(絵図郷村帳)の高も含むものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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