溜池霊南坂町(読み)ためいけれいなんざかまち

日本歴史地名大系 「溜池霊南坂町」の解説

溜池霊南坂町
ためいけれいなんざかまち

[現在地名]港区赤坂一丁目

明治五年(一八七二)溜池南方の台地上に設定された町。北は溜池榎坂(ためいけえのきざか)町、東が霊南坂を隔てて溜池葵(ためいけあおい)町など。江戸時代初期は今井(いまい)村のうちで、慶長一五年(一六一〇)嶺南が庵(嶺南庵)を結んだとされ、寛永江戸図では広岳(こうがく)院・専光(せんこう)寺・風巌(ふうがん)寺・泉岳(せんがく)寺などがあり、寺院が移されると武家地になった。延宝期(一六七三―八一)には上野安中藩板倉家邸、信濃松代藩真田家邸の一部、御先手組大縄地ほかの幕臣邸地、澄泉(ちようせん)寺(現真宗高田派、寛永三年桜田から移転)、陽泉(ようせん)寺(現曹洞宗、明暦三年起立の説あり)、麻布陽泉寺門前があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む