滝之下村(読み)たきのしたむら

日本歴史地名大系 「滝之下村」の解説

滝之下村
たきのしたむら

[現在地名]栃尾市滝の下町・上の原うえのはら町・あさひ

中子なかご村・向谷地むかいやちの南、南に天下島あまがしま村が続き、集落は東谷ひがしだに道筋にある。元和六年(一六二〇)の長岡藩知行目録では「滝下村」高八九石六斗余。正保国絵図に滝ノ下村高八九石余。寛政七年(一七九五)の栃尾組検地帳書抜(金内襄治氏蔵)によると、正保二年(一六四五)の検地で本途八九石六斗余・新田一三石余。宝永二年(一七〇五)の栃尾組村郷田畑高命帳写(坂牧家文書)によると、村の東の大平寺原たいへいじはら(現在の上の原町)は地味悪く、百姓のうち三分の一は栃尾町とちおまち村の町百姓を勤めるとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 栃尾町村 鎮守

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む