滝本町(読み)たきもとちよう

日本歴史地名大系 「滝本町」の解説

滝本町
たきもとちよう

[現在地名]岡山市富田町とんだちよう二丁目

外堀と西にし川の間で南北の道を挟む両側町で、東西の道と交差する北側は西側のみの片側町、東は細堀を隔て難波なにわ町、南は下市しもいち町、西は水路を隔て富田町武家屋敷、北はばん町。寛永城下絵図では博労ばくろう町の一部で、慶安城下絵図では「新右衛門町」。寛文七年(一六六七)地子銀切手覚(「諸用留」国富文書)では「新右衛門町」として二四二匁余。延宝四年(一六七六)滝本町と改名された(「諸用留」同文書)。貞享元年(一六八四)の岡山町中御検地畝高地子帳によれば町域は五反余で、徳米四石二斗余・口米八升。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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