濃味郷(読み)のみごう

日本歴史地名大系 「濃味郷」の解説

濃味郷
のみごう

「和名抄」高山寺本・東急本ともに訓を欠くが、「延喜式」神名帳にみえる島上郡野身神社は「のみ」と訓じられており、これと同一であろう。天平一五年(七四三)九月一日付の摂津職移(「東大寺奴婢帳」東南院文書)に島上郡野身郷がみえ、郷戸主として軽部造弓張・辛矢田部君弓張とその所管戸口一三名が列記されている。しかし同年九月二日付摂津職符(同上)には野身里、天平勝宝元年(七四九)一一月三日付大宅朝臣可是麻呂貢賤解(同上)には野見里・濃味里、同二年五月一七日付大宅朝臣可是麻呂貢賤解(同上)には濃味郷とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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