新坪井町懸(読み)しんつぼいまちがかり

日本歴史地名大系 「新坪井町懸」の解説

新坪井町懸
しんつぼいまちがかり

[現在地名]熊本市坪井(つぼい)一―二丁目・同五丁目・南坪井(みなみつぼい)町・上林(かみばやし)町・壺川(こせん)一丁目

本坪井(ほんつぼい)町懸の南一帯と北西部の一部を占める町人町。本坪井魚屋(ほんつぼいうおや)町から続く道筋が南に新坪井鍛冶屋(しんつぼいかじや)町・新坪井二丁目と続き、東に折れて新坪井八百屋(しんつぼいやおや)町、また南に折れて新坪井鳥(しんつぼいとり)町となり、坪井武家屋敷町につながる。新坪井八百屋町の南に新坪井米屋(しんつぼいこめや)町があり、手取(てとり)屋敷町から北上する道が米屋町を通り、八百屋町で交わる。米屋町の東側の通りに新坪井魚屋町、その南東、鳥町の南に新坪井六間(しんつぼいろつけん)町がある。鍛冶屋町の西、内坪井(うちつぼい)堀の東側に沿って新坪井堀端(しんつぼいほりばた)町があり、鍛冶屋町と新坪井二丁目の間を東西に走る東側の通りに職人(しよくにん)町、新坪井二丁目通と並行して東に馬借(ばしやく)町がある。その一帯から北西に離れて、東西に走る本坪井一丁目筋と南北に走る同横(よこ)町筋の両方に並行して新坪井紺屋(しんつぼいこうや)町がある。その北西坪井川を越え京町(きようまち)台との間に寺原(てらばる)町がある。一二町の町人町を含む。

明専寺小史(明専寺蔵)によれば、加藤忠広の頃までは町らしいものはなく、まばらに大小の家が建てられ、その間に坪井村の百姓の田畑が存在していたが、寛永一〇年(一六三三)に六軒の町屋が建てられ、町名を六間町と称するようになったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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