牛尾庄(読み)うしおのしよう

日本歴史地名大系 「牛尾庄」の解説

牛尾庄
うしおのしよう

岡部おかべ川の上流域にあった延勝えんしよう(京都六勝寺の一)領の庄園で、現在の上牛尾・下牛尾の地域にあたる。暦仁元年(一二三八)一二月三日の太政官符案(勝尾寺文書)によると、朝廷は大法師円尊が先師前大僧正円基の所領などを相伝することを安堵しており、そのなかに延勝寺領牛尾庄がみえる。円基は近衛基通の子で、第七三代天台座主。建治二年(一二七六)八月七日には前大僧正慈禅が死去し、当庄は権大僧都慈基に伝えられている(同年一〇月二一日「太政官符案」同文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む