牧野庄(読み)まきののしよう

日本歴史地名大系 「牧野庄」の解説

牧野庄
まきののしよう

中泉なかいずみ庄と小野寺おのでら(現岩舟町)に挟まれた庄園と思われるが、所在地は不明。暦応元年(一三三八)六月一八日の小野寺通氏譲状(小野寺文書)に下野国牧野一二ヵ村とみえ、小野寺七ヵ村などとともにその地頭職が左衛門尉顕通に譲渡されている。ほか応永一一年(一四〇四)五月三日付、同二七年一一月二七日付、宝徳二年(一四五〇)五月三日付の各小野寺氏譲状(同文書)では牧野庄一二ヵ村、牧野庄二郷一〇ヵ村などとみえ、この地頭職は小野寺氏の譜代相伝所領、譜代本願と表現され、通氏―顕通―連通―通業―朝通と相伝された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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