狸塚村(読み)むじなつかむら

日本歴史地名大系 「狸塚村」の解説

狸塚村
むじなつかむら

[現在地名]邑楽町狸塚

光善寺こうぜんじ村の南に位置し、東は成島なるしま(現館林市)、西は篠塚しのづか村、南は赤堀あかぼり村。村中央を東西に小泉こいずみ街道が通る。中世には佐貫さぬき庄に属した。中世狸塚の一帯では熊野那智神社への組織的参詣が盛んであったと思われ、応永八年(一四〇一)三月二七日の長誉旦那譲状(熊野那智大社文書)にみえる上野国先達円蔵房の在所は「ムシナ塚」で、文明一七年(一四八五)四月八日の堤藤左衛門の旦那売券案(同文書)などには狸塚円光坊がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む