江戸時代,定助郷以外に人馬提供義務を課された宿の近郊農村,およびその人馬役。1694年(元禄7)東海道などでは助郷は定助郷・大助郷に区別され,定助郷には宿駅の近郊農村が,大助郷にはそれより若干遠方の村が指定された。人馬の徴発形態は宿人馬,定助郷,大助郷の順だが,輸送量の増加にともない定助郷と同様に徴発された。1725年(享保10)の全国的な助郷の組替えにより,主要街道の大助郷の名称はほとんど廃止され,定助郷に統一された。大助郷に指定されていた村の負担は,これにより以前より増した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...